「ムンクの叫び」の作者はエドヴァルド・ムンク!怖い絵を描いた衝撃の理由!

「ムンクの叫び」

でこの絵を思い浮かべる方は多いと思います。

画像出典元:和楽

この『ムンクの叫び』の作者は誰なのでしょうか?

また、この絵に隠された衝撃の事実などをご紹介いたします!

「ムンクの叫び」の本当のタイトルは「叫び」

まずこの『ムンクの叫び』と呼ばれている作品の本当のタイトルは『叫び』です。

作者はエドヴァルド・ムンク

画像出典元:Artpedia

名前:エドヴァルド・ムンク

生年月日:1863年12月12日

生誕地:ノルウェー

死没:1944年1月23日

絵を描いた理由

「私は二人の友人と一緒に道を歩いていた。日が暮れようとしていた。突然、空が赤くなった。私は立ち止まり、疲れを感じ、柵に寄り掛かった。その時見た景色は、青黒いフィヨルドと街並みの上に炎のような血と舌が被さるような感じだった。友人は気にせず歩いていたが、私は不安に襲われてその場に立ちすくんだ。そして私は自然を通り抜けていく無限の叫び声を聞いた(感じた)。」

またムンクはのちにイメージのインスピレーションを描写している。

「ある夜、私が町を散歩していると、片側に町が見え、その下にフィヨルドがあった。私は疲れていて、病気を感じた。足を止めてフィヨルドのほうに目を向けると、太陽が沈みかかっていて、雲は血のような赤に染まりつつあった。私は自然に通り抜けていく叫び声感じた。私は叫び声を聞いたように思えた。私はこの絵で、実際の血のような色の雲を描いた。その色味は悲鳴(shriek)のようだった。そしてこの絵は『叫び(The Scream)』になった。

評価されている理由

極度にデフォルメされた独特のタッチで描かれた人物、血のように赤く染まったフィヨルドの夕景と不気味な形、赤い空に対比した暗い背景、遠近法を強調した秀逸な構図の作品。

⇒製作年が1893年で、当時の評論家たちに酷評されたが、後に一転、高く評価されるようになった。

 

「叫び」の値段は96億円!

2012年に「叫び」がオークションに出品された。当時は美術品として史上最高額の1億990万ドル(約96億円)で落札されました。

画像出典元:朝日新聞

「叫び」は世界に5枚ある?

実は、「叫び」は全部で5点あります。オークションで96億円の値段がつけられたものはノルウェーの実業家が所有していたパステル画の1点です。

残りの4点はノルウェーの美術館が所蔵しています。

1.パステル画

画像出典元:CASIE MAG

1893年の作品。ムンクが描いた1枚目の『叫び』です。パステル画で制作されています。よく知っている『叫び』とは色味が違っています。

この作品はノルウェーのオスロにある『ムンク博物館』に貯蔵されています。

2.油彩画

画像出典元:CASIE MAG

1893年作品。油彩画で描かれた『叫び』です。『ムンクの叫び』として紹介される作品。パステル画と比べると色が濃く、夕日などがはっきり描かれています。

ノルウェーにある『オスロ国立美術館』に保管されています。

3.リトグラフ

画像出典元:CASIE MAG

1895年作品。リトグラフ(版画)で制作されました。顔がハッキリと描かれていて、少し漫画チックですよね。

オスロの『ムンク博物館』で所蔵されています。

4.パステル画

画像出典元:CASIE MAG

1895年の作品。2つめのパステル画です。1つ目のパステル画よりも明るい色味で制作されています。

この『叫び』が2012年にニューヨークのサザビースで競売にかけられ96億円で落札し、ノルウェーの実業家、ペッター・オルセン氏が所蔵しています。

5.テンペラ画

画像出典元:CASIE MAG

1910年の作品。テンペラ画で制作。テンペラ画とは「テンペラ絵の具」という絵の具で描かれた絵。4つ目の『叫び』が描かれた年から15年の年月が経っています。

この作品は『ムンク美術館』が所蔵しています。

以上、『叫び』は5点の絵画があります。

 

ムンクの生涯

1863年ノルウェーで誕生

エドヴァルド・ムンクは1863年ノルウェーで誕生します。医者であり、熱狂的なキリスト教信者であったムンクの父親は気難しい性格で、子供たちに厳しかったそうです。

画像出典元:フィンツアー

複雑で辛い家庭生活のなかで母親と姉を早くに亡くし、自身の身体も弱く病気がちだったムンクは、結核や精神病の家系に生まれたと思い悩み、絵画作品のモティーフとなっていく病や死への不安、抑圧された生活への葛藤を抱えて育ちます。

画家になる

青年になったムンクはクリスティアニア・ボヘミアンと呼ばれる急進派の仲間と出会い、1889からパリに留学。パリではロートレック、ゴッホ、ゴーギャンらの作風を基礎に、激しい表現による自身の画風を模索、後にムンクの代表作になっていく『生命のフリーズ』構想を思いつきます。

画像出典元:StyleNORWAY

作品を発表するたびに批判を浴びたムンクでしたが、徐々に愛好者が増え、世間からも認められるようになっていくと、精神的な不安や葛藤を抱えたまま『叫び』『思春期』『マドンナ』など代表作となる作品を次々に発表、画家としてのキャリアを積みました。

不安、大けが、入院

しかし、幼少期から生や死への不安を抱えたままだったムンクに事件が起きます。精神病の妹の入院で「自分も精神を病むのでは」という不安に陥ったり、医師で会った弟の死に苦しむなど精神的に不安定になっていた矢先、恋人との別れ話のもつれから銃の暴発が起き、ムンクは左手指の一部を失う大けがをしてしまったのです。

画像出典元:アートをめぐるおもち

この事件がきっかけとなり、ムンクの精神不安は確定的なものとなり、神経症やアルコール依存症のため、入院することになります。

晩年

退院したムンクは、自身の病気や回復の経験から作品の画風や主題に変化を見せるようになり、これまでとは違う、見たままの風景や人物、明るく健康的な作品なども手がけるようになりました。

画像出典元:壺齋散人の美術批評

晩年はこれまでの功績が認められノルウェーやフランスから勲章も受けたムンクでしたが、戦争が暗い影を落とした時代、ムンクの作品はナチスから退廃芸術といわれ美術館から撤去されることもありました。

戦争が終わる前の1944年、ムンクは80歳で死去。ムンクが自身で所有していた作品はすべてオスロ市に遺贈されました。

ムンクの評価は?

エドヴァルドムンクの評価はどうなのでしょうか?ムンクの絵が評価されているのは、人間の死・不安・憂鬱などネガティブな感情や状態を絵に投影させたことが評価されている。しかし、発表当時は酷評され、全く評価されなかった。

皮肉なことだが、彼の絵が購入されるようになり、精神が安定してくると、現在に残るような作品を残すことができていない。

彼の作品の魅力は、心のネガティブな部分を絵にしたことなのだ。

自分が精神的に不安定であった時(絵が評価されていないときでもあった)は、現在に評価されている名作が残っている。

しかし、精神が安定すると(絵が評価され出したときでもあった)、現在に残る作品は作れなくなった。

晩年は、精神的に安定し、(当時は評価されなかったが)後世に残る作品も作れたため、幸せだったのかもしれませんね。

ゴッホとの比較

『ひまわり』で知られるヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(1853年-1890年)とムンク(1863年-1944年)は出会うことはありませんでしたが、似ている部分が多数あります。

画像出典元:VELTRA

ゴッホは1888年に耳の一部を切り落とす。

14年後にムンクは自分の手で自分を撃つ。

 

2人とも精神科の診療所で時間を費やした。

 

恐怖、人間の苦しみ、辱め、希望、愛をテーマとして扱っている。

 

ムンクもゴッホを意識していたと言われています。

 

また、2人とも、日本の浮世絵に影響を受けているといいます。

画像出典元:Music for a while

オランダのアムステルダムのゴッホ美術館でムンクとゴッホ展という展覧会が催されるほど、絵画的にも、類似は多いです。

世間の声

まとめ

『ムンクの叫び』と言われている作品の作者はエドヴァルド・ムンク

『ムンクの叫び』の正式名称は『叫び』

『叫び』は世界に5枚ある。

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